香港ウロウロ(その4)

香港3

ついに最終日。旅立つ前に太平洋上で発生してた「台風9号」とやらのスピードが遅く、ちょうど日本帰国のタイミングにぶつかるらしいことをホテルで見たNHKニュースで知る。飛行機嫌いにとっては由々しき事態です。旅の最後になって、非常に憂鬱な気分に。オットは「ずっと雲の上を飛んでいるから大丈夫。最後に降りるとき、ちょっと揺れるくらいだって」と言うけれど、本当かなぁ。考えてみても仕方ないので、一応信じてみる。
気を取り直して、オットを叩き起こして、九龍公園に朝のお散歩。太極拳というか創作体操のようなことをしている一団を発見。ついに朝マックしました。
香港の木々は、どことなく南国風かも。

ホテルをチェックアウト。ああ、ほとんど買い物しなかったなぁ・・・。小さいキャリーケース(機内持込可サイズ)もまだまだ余裕があります。行きと同じく、MTRでびゅうっと空港へ。値段は高いけれど、本当に便利かつ簡単なので、初めての香港を訪れる方には、お勧めいたします。もし次回訪れる機会があれば、バスかなぁ。

空港到着。チェックインと出国手続完了。ANAは国際線が弱いためか、ビジネス用のラウンジは、エールフランスを間借りしているらしい。成田で入ったラウンジより格段にせまかったけれど、食べ物の種類は充実。前菜的なメニューやサラダ類が用意されていた。
そして飛行機に搭乗。行きと同じ機体だったけれど、今度は1階席。「台風のため、到着できない場合は、関西空港に向かいます」とのアナウンスが流れる。「揺れるなら、少しくらいお金を出してもいいから、無理せず関空へ行ってくれ!」と心の中で叫ぶ。飛行機苦手な方なら、分かっていただけるでしょうか、この気持ち。
結局「恐怖は酔っ払って忘れてしまえ」作戦に出ることに。食前酒にはシャンパンのミニボトルを、食事(今度は和食にしてみた)の際には、日本酒地酒を頼む。ぐびぐびっとな。でも努力むなしく、緊張のためか、あまり酔っ払うことができない。うーむ。
日本に近づくにつれ、次第に揺れが出てくる。ベルト着用サインが付いたり消えたり。せっかく揺れを我慢して耐えていたのに、スクリーンに表示される飛行機のルートが怪しいことに。通常のルートではなく、台風を迂回して、新潟へ抜けて北から侵入するルートをとったのだけれど、成田が着陸させてくれないらしく、茨城上空、水戸・霞ヶ浦付近でウロウロ&ぐるぐる。成田が近づいたかと思えば遠ざかっていく・・・。
ついに「あと10分で大きな雲が晴れるので進入します」との機長アナウンス、厚い雲を突き抜け、眼下には街の灯が確認できるほど降下したのに、一転、突然の上昇。しばらく経ってから機長のアナウンス。
「やはり風が強いので成田に着陸できません」
「このまま待っていても埒が明かないので、申し訳ないのですが、このまま関西空港へ向かいます」
とのこと。この時点ですでに21時すぎ。成田への到着予定時刻を30分以上過ぎた上でのこの判断。羽田は18時30分の時点で、台風に備えて閉鎖されていたというし、やはり無理だったのね・・・。がっくり。
さらに関空への到着は22時30分ころになるらしく、何だかんだで23時以降に宿泊先を探す羽目になるのでしょうか。はぁ。まだまだ旅は終わらない。家に帰るまでが旅なのです。
我々夫婦は、翌日の予定ナッスィング。しかし周辺のビジネスシートには忙しいスケジュールで日々を過ごしているであろう方々がたくさん。乗務員を呼んで、いろいろと相談する姿が見られる。大変だねぇ(人ごと)。
航路はまたぐるっと迂回して、西方向から関西空港にことに。思わぬ長期滞在となった機内では、オレンジジュースが配られる。非常に乾燥していたらしく、一気に飲み干す。髪がぱさぱさ。搭乗時になぜか手にとってしまった電話帳のような厚さの25ansも全て読み終えてしまった。苦しくも、ブランド天国・ショッピング天国の香港に行ったというのに、何一つ収穫物なく手ぶらで帰国してしまった己を深く省みる機会となる。「女優顔!」や「令嬢クロコダイル!」など縁のないページをパラパラめくるのみ。
予定より1時間半以上遅れて、ようやく着陸。しかし飛行機は停まったけれど、成田や羽田に向かうはずだった飛行機が集中しているとのことで、なかなか降りられない。飛行機に缶詰状態。しばらく後になって、「携帯電話は使用を許可します」とのアナウンスがあり、皆、一斉に通話やらメールやらし始める。私も、一応実家にメールを送ってみるが、反応なし。こんな事態にもかかわらず、機内はわりと落ち着いた雰囲気(諦観?)。あるいはビジネス席だったからか。大きな飛行機だったから、耐えられなくなるほどの激しい揺れではなかったし、まあ、こういうトラブルも旅の醍醐味ということで。そんなことを考えている横では、生き返った携帯電話でオットは国盗りしていました・・・。
着陸から1時間以上経って、「何かがおかしいな」と思い始める。機長のアナウンスでは「成田に着陸できず、私自身、忸怩たる思いです」との生々しいコメントの後に、「地上の係員がなかなか到着しないので、ドアを開けることができません」を繰返すのみ。乗務員の方が、関西方面の乗換えや時刻表の案内パンフを配り始める。オットが「しまった!ピタパを持って来てない!」と言っている。心配はそこですか。
「ひょっとしてこのまま機中泊?」と思っていると、ついに準備が整ったらしい。この時点ですでに23時30分すぎ。しかしアナウンスは非情でした。
「近くのホテルは満室なので宿泊先は準備できない」
「寝袋をご用意するので、空港内のロビーに宿泊してください」
「お一人3万円ご用意します」
とのこと。飛行機降りてすぐの出口で、地上係員に半券を見せると、パン・ジュースと3万円(千円札×30枚)が入った袋を渡される。つまり「お金は渡すから、あとは自力で東京まで辿り着いてね(ハート)」とのことだったらしい。

さすがにもう少し面倒を見てくれると思っていたので、軽くショックを受ける。自然災害なので我侭を言っても仕方ないのですが、もう少し早く関空に降りてくれていれば、到着からすぐに地上へ誘導してくれていれば、何とか宿泊場所を見つけることができたかもしれないのに・・・。
荷物を受け取って到着ロビーに出ると、もっとガヤガヤしているかと思いきや、こんな時間に行く当てなく空港に閉じ込められているのは、この便だけらしい。シーンと静まり返っていて、人気がなく(お店も当然閉まっている)、タクシーの姿もなし。「あれ、たくさん飛行機が到着して、それでなかなか降りられないんじゃなかったっけ?」と疑問に思いつつも、旅の疲れがあるのか、早々にあきらめて、寝床(ベンチ)を確保する日本人とは対象的に、中国人のツーリストは、しばらく騒々しく話し合っている。彼らは元々の声が大きいので、「この環境じゃ眠れないな」と悟る。まだ機内の方が良かったよ・・・。私はこの一晩で、一生分の中国語を聞いたような気がします。